黄金時代

映画のはなしをするひと

「スリー・ビルボード」、ディクソンのはなし

スリー・ビルボードマーティン・マクドナー/2017)をみた。

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今回はもう書き留めておきたいことをワサーッと書いただけです。ネタバレてます。

 

感想

良し悪し、正解不正解、正義と悪、なんでもかんでも二元論で白黒決着を付けたくなりがちだけれど、そうはいかないところが「人間」だよなあと思う。全員が完璧ではなく見方を変えれば全員が「悪い」部分を持ち合わせていて。正義や信念だと掲げたものが、一方では正しく一方では受け付けられないものであり、しかし一手は確からしく連鎖的に波及していくという現実。その現実を目の当たりにしたとき、固く誓った覚悟の上に毅然と立ち続けられるのか。無敵に見えた彼女でも、微かに震えたシーンが印象的だった。ああ、そうだよなあ、人間だよなあ、と。

怒りは怒りを来す。それでもラストにかけて少しずつ見えてくる「変化」のそのどれもに、希望を見出せたのでとても救われた。そういう意味でとても良い具合の締めだったし好きな終わり方でした。

 

ディクソンはゲイかもしれない

別にどちらでもいいし、じゃあゲイだったとしてだからどうという話では全くないんですけど。観ているあいだにふと、「あ、もしかしたらディクソンはゲイだったのかもしれない」と感じたので。なぜ自分がそう思ったのか、他人の解説を読む前に書き留めておきたかっただけです。

 

1)いつ思ったのか

あ、もしかしてが浮かんだのはディクソン宛の署長の手紙にて、「同性愛を揶揄されたら同性愛差別だと言い返せ」的な内容が読み上げられたとき。そっかディクソンはウィロビーが好きだったのかーではなくて(今でも個人的解釈としてはそうは思っていない・後述)、ウィロビーのほうはディクソンが彼自身向き合えていない、ずっとずっと抑圧し痛めつけてきた彼の一部分にまでちゃんと気付いた上で彼を愛していたのだろうなと思ったのでした。あとはこのフレーズが出てから、それまでのシーンに対して、急に合点がいったような感覚があったから。

 

 2)レイシズムと母親と田舎

もうそれまではヤツのレイシストっぷりにはも〜〜〜〜ムナクソ悪くなってたし、解雇されたあたりまでの母親とのシーンからは、こいつママボーイかよ!とか思ってました。けれどもしも彼がゲイだったとしたら。

序盤から、母親との関係性が健全に機能していないことは少なからず彼の性格に影響を及ぼしているのだろうなとは思っていたのですが、のちに母親がディクソン同様、むしろそれ以上かと思えるほど、かなり直接的な差別発言をしたところで、絶対に彼女の言うところの「常軌」を逸することは認められないという旨の強迫観念を無意識に植え付けられながら彼は育ってきたのだろうなと思うようになりました。そんなトラウマとも言える母親を持ち、誰のどんな話も、ものの1日で広まり切ってしまうような狭く閉じられたコミュニティで育ったディクソン。

さらに、認められないものを否定しようとして自分の他に存在する同様のものを必要以上に忌み嫌い、自分はそんなものとは同一でないと言い聞かせることって(ちゃんと名称がありそう)、ほかでもよく見てきたなあとも思い(直近ではNTLエンジェルス・イン・アメリカのロイ・コーン。その前は沈黙の井上筑後守)、いよいよここで彼のレイシストっぷりがすっきり腑に落ちることに。

 

3)レッド・ウェルビーとの関係性

ディクソンがゲイだったとして、彼が実は本当に好きだったのはむしろレッドだったのかと思ってました。もう本当これは全て個人の推測の域を出ない(出なさすぎる)けれど、彼らは昔からの腐れ縁で(役者の歳が離れすぎているから同級の設定ってことはないか、でもそんなようにすら見えました)、ディクソンは昔からずっと、レッドの純朴さや素直さを心のどこかで羨んでいたのだと思えた。それが能天気な間抜けにも見えるものだから、同じだけ気に食わなくて嫌いだと思い続けて、本人はその本心にもしかしたら気付いてすらいなかったのかもしれないけれど。好きな子をいじめたくなるだとか自分からわざわざ突っ掛かりにいくだとか、ほんと小学生かよって感じだけれど、そんな類の執拗さがあったように思える。殴り込みのシーンも、署長の死をそもそも広告がきっかけだったからだとレッドに矛先が向かったというよりは、手近で発散するのに理由付けができるヤツで、それに窓から見ればほら思った通り、ヤツはいつもの気に食わない能天気で笑ってやがるもう許せねえ決まった、ってもう9割方レッドのことしか考えてないやんけ…と思ってしまった。

レッドのことを羨んでいる気持ちを持っていることや、もしかしたら好きという感情を抱いているということに、ディクソン自身やっと向き合うことができたのが病室のオレンジジュースだったのでは。その前にすまなかったと謝罪できたのは署長のおかげだけれど、レッドの与えた赦しで、やっとレッドのことを素直に認め、彼自身がレッドに抱いてきた本心をも認めることができたのだと思った。だからこそ、次には自分が赦しを施せる側になれたのではないでしょうか。

 

おわりに

以上です。なんだろう、特に最後の深読みなんかはもしかしてわたしがケイレブ・ランドリー・ジョーンズが好きだからってだけなのかもしれない(?)。でもケイレブほんとに良かったですよね。めっちゃかわいかった。

真面目に結ぶと、人間って超不完全でとても不恰好だけれど、それでも足掻きながら生きていくしかなくって、でもその道中は決して絶望だけではないのだと結んでくれていたようで、とても嬉しかったです。好きでした。