黄金時代

だいたい映画のはなし

「親切なクムジャさん」がヒーリング映画だって話

親切なクムジャさんパク・チャヌク/2005)がオールタイムベストのひとつで、わたしにとっては気分が落ち込んでるときに観たくなるヒーリング映画なんだよねって父親に言ったら半ば本気で精神状態を心配されたことが過去あったが、今日もなんとなく気分が落ち込んでいて久しぶりに観たくなったので観ながらこれ書くことにした。ネタバレてます。

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パク・チャヌクの復讐三部作のひとつ。

まずパク・チャヌクの作品がすごく好きなんですよね。好みなんです。渇き(2009)を観たときにほんとパク・チャヌクって変態だなーって心底思ったけど、その気持ち悪さと歪さとゾッとする感じの塩梅が好みにドストライクなんだよな。病室の床のソン・ガンホとか死んでも死なないシン・ハギュンとか義母の目とか、怖すぎるし気持ち悪いのに、あの画の衝撃が心に残って消えなくて、そうさせる画の巧さとそれまでの伏線の張り方に惚れ惚れしてしまう。

だから苦手な人も多いだろうなと思うし、一方でわたしにはパク・チャヌク、響きまくっちゃうんです。

 

早い話、わたしのしょんぼり時の処方ってとにかく泣きまくってすっきりするだから、ぐしょぐしょに泣けてしまうクムジャさんがヒーリングに選ばれるって結論なんだけど、それに加えてクムジャさんは結末やその後味もめちゃくちゃ好きだから何度でも選んでしまうんだよね。

 

 

クムジャさんの復讐と救済

黒レザーのジャケット、真っ赤なアイシャドウとハイヒール。戦闘服、格好良すぎか。いつも観終わった後は赤シャドウを真似して出掛けてしまう…

復讐に向け、淡々と獄中で「親切」にした人々の貸しを回収しにまわるクムジャさん。でもみんな「魔女」のクムジャさんに怯えてつき従っているわけではないところ、きっと彼女たちもクムジャさんの犠牲と憤りを知っていて、クムジャさんの「天使」が演じていたものだと解ってもそれも含めて彼女のことが好きだったのだと思う。

表情ひとつ変えず冷酷無情に見えるクムジャさんだが、遂にペクを捕らえたときに激情を抑えられず鋏で髪を掻き切るシーンや対峙したペクをなかなか撃てないシーンなど、随所で等身大の姿が描かれるところもまた魅力のひとつ。彼女だっていたいけな18歳で、20歳だったし、復讐心以外はそこから成長していないのだよね。

復讐を終えた後に、復讐では満たされなかった心やこの先どう生きていくべきか途方に暮れる気持ちを抱える中、ジェニーの純粋無垢な姿と優しさに、この子とともに生きることが果たして自分に許されるのだろうかと迷う気持ちとが抱えきれなくなって突っ伏してしまったのだろう。パク・チャヌクの描く人間は等身大で不恰好で不完全だから好き。

 

復讐の道中ではどんなに切実に祈り望んでも会うことは叶わなかったウォンモに、復讐の果てに戦闘服を棄てたそのときにやっと会える=やっと得られた魂の解放の描写。どちらにも台詞はないのに、ものすごく複雑でとてもじゃないけど言葉では言い表せられない感情が交わされる、そのときのユ・ジテの表情を思い出すだけで今にも泣きそう。彼だって流れた13年の、在るはずだった月日を持っていて、だからやっと「もういいよ」って彼女のそばを離れられたのだろう。

一方で、復讐では終ぞ得られなかった魂の救済はすぐそば復讐の外に実はずっとあって(=ジェニーというキャラクター)、きっとこの先で手にすることができるだろうという可能性が、ジェニーがナレーターだったことが明かされ「自分はそんなクムジャさんが大好きだった」と述べて迎える幕引きに示唆され終わるので、復讐者には救済があって欲しいと思ってしまう性分の自分にとって、絶望的に救われない終わり方でも安っぽいカタルシスでもなく、真っ暗な夜にじんわり漂う切なさと小さな小さな希望との余韻が、本当に心地良くて大好きなのです。

じゃんじゃん泣いて発散した後に、じんわり前向きに終わるから何度でも観たくなる。復讐三部作は後になればなるほど救いがあるね。

 

 

無駄のない展開と伏線たち

とにかくパク・チャヌクの構成はいつも無駄がなく、張られる伏線もスマートである。

冒頭の豆腐からのノナチャラセヨ、最高にクールで最高に不穏な幕開けを予感させる作り方、初見の時にもうこのインパクトでダイスキ…と引き込まれた。その出所豆腐がまさかラストの真っ白なケーキで回収されるなんて。

出所日の夜、ヤンヒから借りた家での気狂いとも思える高笑いからの犬畜生の心象風景、一見訳が分からないけど、韓国で侮蔑の意味を持つ犬にペクを擬え容赦なく撃ち殺した瞬間鳴り響いた銃声は、まさに戦闘開始のゴングである。その後、本当に銃を手に入れた後の試し撃ちに犬を使うところまで、抜かりない。

 

クムジャさん一人の復讐劇からもう一山、そこから登場する遺族たちも、あの短い尺の中で各家族が抱える事情や13年間のやり切れなさを少しずつの台詞や行動で的確に表現し、想像させるところもすごい。

終始緊迫感のある重苦しい展開なのに、ウォンモのお母さんが極限状態でハイになったりチェギョンのお母さんがウイスキーを一気に飲み干したり刑事が包丁の握り方を教えたりなど、ともすれば場違いにもなりうるコミカルな描写や、一人だけ血避けコートを纏わずに遺品の普通の鋏のひと突きでとどめを刺すウンジュのおばあちゃんの最高にクールな描写など、あんな状況なのに、そういう要素を浮かせずに馴染ませて織り込めるところがパク・チャヌクだなあと思う。

般若顔も、クムジャさんの壮絶な13年間の憤りや悲しみ、後悔ややり切った安堵の気持ち、その先にある虚無感とかぐっちゃぐちゃな気持ちをこれでもかというほど切実に描写していて、イ・ヨンエもすごすぎるし、イ・ヨンエにあの顔をあの尺でやらせるパク・チャヌクもすごいし、あのシーンのパク・チャヌクみもすごい。

そしてわたしはそういうところがどうしようもなく好きなのだ。こればかりは合う、合わないの世界なんだよなぁ。

 

チェンバロも不穏に拍車を掛けていてとても格好いいし。ああ、大好きだ!

 

 

 

弁解するようだけど、人生はビギナーズマイク・ミルズ/2010)とかもわんわん泣いてリセットしたいときに選ぶよ。こちらはダークサイドとは無縁なので幅広く人にも勧めやすい。犬と会話するユアン・マクレガーがかわいすぎて最高なので、こちらも是非よろしくです。

いろんな好きがあっていいよね!

 

おわり